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昌朋カフェブログ

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陰は形、陽は気。            陰は形を成す。陽は気と化す。形は物質、体、肉体。

寒極まれば熱を生じ、陽極まれば寒を生ず。        「 極」まで達すると転じる、ということ。             例えば恋愛においても熱しやすく冷めやすい方がいますよね?熱が勢いを増して、ある地点まで達すると「さっ」と冷めてしまう、昨日まであんなに愛していたのに?と言ってしまうような、そんなイメージです。勢いよく燃える恋は長続きすることが難しい、陰と陽のバランスが大事ですね。「寒が熱を生ず」冷えがずっと続き極に達すると必ず熱の方に向かう。                私たち人間の体も、下のものが上、上のものが下、内のものが外、外のものが内へいくという対流現象が起こっている、起こっていないといけない。それが固定されてしまうと病気になる。自然と同じように気が上がりっ放しでも下がりっ放しでも良い状態とは言えないということ。

「壮火は気を食み、気は壮火を食み、壮火は気を散じ、少火は気を生む。気味、辛甘は発散して陽と為し、酸苦は涌泄し陰と為す」食むというのは食べてしまう、滅ぼしてしまうという意味。「養生は全て食養」で食は侵すといって「食べてしまう、食べられてしまう」という意味になる。「人間の体というのは温かいもので、死んでしまうと冷たくなる」ということ。人間には「気」というものがある。体を温めてものを動かすという温煦作用があるから生きていられます。実際人間には「少火」という気を生じる陽気(わずかな熱)があり36℃前後の体温を維持している。そして絶えずエネルギーを生じている。熱と気によって人間が持っている精や陰精を燃やしてどんどんエネルギーを作っている。ところがあまりにも激しくエネルギーが作られると、熱というよりも「邪熱」になってしまい気を生じるどころか気を侵し、気を消耗していくことになる。物質のエネルギー代謝は盛んでなければならないが、度を過ぎると陰精を壊して消耗してしまい、今度は逆に体が冷たくなってしまうというメカニズムをもっている。

「陰陽五行説」より

例えば風邪の時などに熱が上がると体の気は消耗していきます。前にテレビで風邪の後に歯がガタガタになり抜けてしまった人が紹介されていましたが、それほど風邪の際は体力を消耗しているという事です。歯は唯一むき出しの骨ですから、骨に蓄えられていた栄養を使い切ったということになります。それなのに風邪をひいてもしっかりとした食事を摂らない方がとても多い。たいがいの理由は太りたくない、という方が大半ですけどね。風邪の薬はしっかり食べてしっかり休むこと。これしかないですから。将来ガタガタの歯、スカスカの骨、になりたくない方は普通に飲食をされる事をオススメします。

少しアトピーのような症状があり手に猛烈な痒みがある方が、漢方医に「痒い部分はかいてもいい、たくさんかいた方がいい」と言われてかきむしっていたそうです。案の定、皮膚はただれていました。

「火」をおこすとき、木と木をこすり合わせます。摩擦で熱が生じ火となり炎となります。かきつづければ熱は炎となります。                                私は顔に少し傷が残っています。幼少期に顔中、蚊にかまれて帰ってきたそうです。まったく覚えていませんが☺︎子供なので痒みを我慢できずにかきむしっていたようで、両親は顔に傷が残らないか心配していたそうです。案の定、今もその傷は残っています。私のように傷が残らないようにするためには、かきむしる、という事はひかえた方が良いかと思います。

「五行」というのは特別なものではありません。「自然」そのものの動きです。むしろ古人が世の中の動きを誰でもわかるように「陰」「陽」にわけてくれているのでとてもありがたいと思います。火を起こすとき摩擦だけでなくうちわなどで風を起こしさらに燃えるようにあおぎます。火事も風が強ければ火はさらに強く燃えます。それと同じで「風」の動きは病と密接な関係であります。ですから身体の中に風が入らないようにマフラーやコート、寝る時は布団など、人間はそれらで風から身を守ろうとします。自然の防御反応です。風邪をひいた際もとにかく暖かい服装をし体を丸め風が入らないようにします。自然に身を任せる、とは自然に従う事です。従えば人はその自然のまま生きていけます。

漢方や薬膳などの類とそのような出会い方をすると、悪い印象が残り遠ざける方もいらっしゃいます。あまり好きではない、と。それはそれでいいと思います。人が生きていく上で「選択」するものは「自由」であり、「何を武器に生きていく」かは自身で決める事だから。                                    私が「漢方(韓方)」を選択したのは、人生を生きる為の「武器の一つ」として選択しただけのことです。人生は冒険ゲームと同じで、主人公が自身、そして冒険の旅に出ると様々な敵や味方がおり、アイテムを入手しその長い旅路を歩んでいきます。人は皆忘れてしまっていますが、五体満足で産まれた人間は誰もが必ず同じアイテムを持って産まれます。「飲食」という事。食事ができる、という事が人生において重要な武器の一つです。旅路の中で「何を食べるか」=「アイテム」のチョイス。自分にとって必要なアイテムか、不必要なアイテムか、それらは自分で判断し取捨選択していきます。自分にとってサプリメントや薬が「重要なアイテム」の一つと判断している方はそれが必要なアイテムですし、珈琲が自分にとって必要なアイテムだと思い何杯も飲む人、コンビニや百貨店で販売されている惣菜が重要なアイテムだと思う人、ご飯がまるで敵のように思い避ける人、ジムにひたすら通ってとにかく筋肉をつける事が重要な武器だと思う人、皆それぞれです。

もし緑豊かな自然に囲まれた場所で自給自足で暮らす生活をしていたならば、私は漢方を重要視していないだろうと思います。この空気の汚いアスファルトや人の群れに囲まれた、採れたての新鮮な野菜を食べられるわけでもないこの場所に居たからこそ薬膳や漢方と出会い、今の自分がいます。忙しい生活の中、これからも私にとってはやはり重要なアイテムの一つです。

初めて添加物を知った時は大手企業さんに対してかなり怒りを覚えましたが、今は違います。最近では味の素などに対してバッシングの本なども出版されているようですが、皆勘違いしていると感じます。なぜなら「それらを求める消費者」がいるからこそ企業側は求めるものを提供しているだけの事です。私達消費者に問題があります。カマボコが半年もつ、と言われて手をたたいて喜ぶおばさん達、「お正月までいけるわー」と言って。無農薬だの有機野菜だの求めるわりには色の変わった野菜を食べない人、虫に食われた野菜がどれだけ汚いか、、、それが自然というものです、だから漂白剤にまみれたキレイな野菜が好まれるのでしょう。私が務めていた店の近くのケンタッキーの店が施設側から注意されていたこと、「野菜を洗う漂白剤の量が多いので減らしてください」と言われていました。たまに遊びに来ていた母の友人は普段から「味の素とかうま味調味料とか嫌いなの〜」などと言っていましたが、私がスンドゥブやチゲを作ると「塩っぱいわ」と言われ、次は味の素を入れました。すると「今日すごくおいしい!」と言ってぺろりとたいらげました。そんなものだなと思います。物事の本質を見極める力がある人間はほとんどいません。

テレビでキムチの良さを放送していたようで、知り合いが「キムチキムチ」と言っていましたが、本当に発酵しているものなら良いですが何でも良いというわけではありません。「冷蔵庫に2〜3ヶ月キムチが置きっぱなしなんだけど食べる?」と仕事先の友人が持ってきたキムチ。家に持ち帰り母に渡すと「たぶん酸っぱいから鍋に入れようかな、」と言って味見をしたとたんゴミ箱に捨てました。「おかしい」と言って。何故おかしいか?酸っぱくなかったからです。通常、冷蔵庫に入れても、特に家庭用冷蔵庫なら1ヶ月も置いとけばかなり酸っぱくなります。キムチ専用冷蔵庫に入れても2ヶ月もたてばやはり酸味がかってくるのが当たり前ですが、そのキムチは酸味のかけらもなかったからです。特に母は幼少期からキムチを作っていたのですぐにわかりました。私も味噌を作っていますが、どんなに塩を入れて冷蔵庫に入れても表面の端についてしまった味噌にカビが生える事など当たり前です。塩と麹のみで味噌を作られる方はご存知かと思います。母も幼少期は秋になると大量のキムチを家族や近所の方と皆で毎年作っていたようで、それが年明け2月くらいになるとキムチの表面が真っっ白なカビにおおわれていたそうです。祖母は表面のカビをすくって中のキムチを食べていたそうです。酸っっっぱいキムチを。もちろんカビが生えても食べられますからね。それが本当の漬物です。そもそも漬物は大量に食べるものではない、発酵食品とは古人の知恵です。生きる知恵。冷蔵庫のない時代にどうすれば冬の寒い時期を乗り越えられるか。今は魚の干物も塩味が本当に感じられない、正直気持ち悪いので食べられません。母の幼少期時代はタチウオの塩漬けがあり近所の方もご飯のおかずに食べていたようで、それがとても塩からかったそうです。生魚を常温で置いておけるくらいだから、かなりの塩が入っていただろうと予想されます。

今は現代医学で発酵食品が体に良い影響を与えると言われ、ひたすらヨーグルトやチーズ、漬物などを食べる方が多くなりましたが、きちんと発酵していないものは意味がないでしょう。ご自身で塩のみでお漬物を作ってみてはいかがでしょうか?日にちが経つにつれてどのような状態になっていくかを知れば、外で食べる際もきちんと発酵しているお漬物かどうか区別がつきますから。

漢方や薬膳にとらわれず、「食」というものを全体的に見渡せば、どこに落とし穴があるかわかってくるはずです。 自分の体の中に入るものです。自分の家族の体の中に入るものです。もう一度改めて見渡してみてはいかがでしょうか?