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昌朋カフェブログ

固定概念

昌朋カフェ
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健康な身体作りを模索し続けてもう何年も経ちました。もちろんきっかけは自分の体を壊したことから始まりましたが、「自分自身で考えて自分の身体の健康を守ろう」と思い行動しているのは世間の情報の曖昧さがきっかけです。

メディアなどでも「食事は1日1食が良い」と言う方「1日5食に分けて少しずつ食べた方が良い」と言う方「単品で食べたほうが良い」と言う方「様々な種類の食材を入れて、栄養満点」と言う方。色々と翻弄されて出した結果は、結局「自分の身体、自分の行動、自分の生活習慣」は自分自身でわかるはず。人間は皆個々であり、その個々に合うものがあるはず。そう思いずっと積み重ねています。珈琲が良い!と珈琲特集の健康番組や色々とありますが、まぁ、スポンサーの意向による番組制作だからなぁ、、、と一般人から見るとやらせ感が強かったりして、あまり納得ができなかったりと色々考えさせられます。知り合いの人も「まぁインスタントコーヒーも売れなきゃならないからね、世の中そんなもんでしょ」と言われました(笑  )    昔、航空会社に勤めている方が偶然食べに来られてこんな話をされた事がありました。「日本人の死体が1番腐らないんだ」と。何故かと問うと、そりゃ保存料をたくさん食べているからに決まってるよ、と。その方は何も気にされない人でしたが私はかなり苦笑いです。自分の身体で体験し、食してみる、継続してみる、自分の身体で感じることを素直に受け止めること。それが一番いいかな、と思いました。

三匹の子豚で例えると、自分の身体の中の家は藁で出来た家なのか、それとも頑丈なレンガで出来た家なのか、ということです。頑丈なレンガの家にしたいということ。この例えじゃどうかと思いますが、人は生きていく上で「常に同じ状態」ではいられません。まぁ当たり前ですね。四季もありますから、自然と寒さや暑さなどがあり、外部からの影響もあれば仕事などによる内面の影響など、人は常に同じ状態、同じ感情を維持するということは誰も出来ません。せめて少しくらいの外部からの刺激くらいには耐えられる抵抗力は常に維持していたい、というのが常の目標です。

支柱推命の命式も、しばしば家に例えられることがあります。命式(家の中)の子供は元気か、弱いか、親は力を与えてくれるか、そうでないか。

「自分」という人間(家)が頑丈な家ならば、ちょっとやそっとの雨風には耐えられます。

まず周りの情報を一時的に遮断して自分なりに考えてみることからはじめました。「普通に」。物事をとても普通に考えてみること。以外に難しいんですよ。

自分の生活に合った食事の仕方や生活の仕方があります。皆違いますから。胃弱の方だと1日4〜5食に分けて少量を少しずつ食べればよいでしょうし、一度にたくさん食べられない方もいらっしゃいますよね。友人にもいました。かなり胃弱で一度の食事量をあまらり食べる事が出来ないと言っていたので、その子はけっこう何食かに分けていましたね。そういう方だったら4〜5食に分けて食べ、一度に食べる食材の種類もさほど多くなくても良いのではないですかね。そういう人だと単純に滋養茶は合いますよね。甘みも。その子も甘いものが本当に好きでした。たぶん体が欲していたのだろうなぁと思います。甘味は胃の滋養ですからね。

私は特に胃弱でもなく普通ですからきちんとした食事量を3食頂きます。ごはんの量は今の生活スタイルだと基本的に中くらい、昔のように走りまわらないので(笑)パソコンに集中する時は少し甘めのお茶を飲みますし、湯船につかる日の晩ごはんは少し多めに塩分をとったりと、その時その時に変えます。体力仕事の方は朝からしっかりと塩分をとれる食事をすれば良いと思いますし、人それぞれ自分の生活に合えば決まりはないと思います。

陰が多過ぎるときは冷え、陽が多過ぎるときは熱を患い、風が多過ぎるときは手足を患い、雨が多過ぎるときは腹部を患い、晦が多過ぎるときは心の惑いの病を患い、明が多過ぎると心が疲れる。

とあります。陰陽五行説の本にありますがどんなものでも過ぎた場合は病を患うとあります。

最近の身体の変化としては、「過ぎる」ということができなくなりました。「出来なくなった」とはなんだ、と思うかもしれませんが、本当にそういう身体になりました。例えば食べ過ぎてしまったり、飲み過ぎてしまったり、同じ食品を食べ過ぎてしまったり、そのようなことができません。身体が拒否します。前も知り合いの方が「ナッツをいっぺんに一袋くらい食べてしまう」と言っていましたが、それが私にはできなくなりました。ハチミツを1日たくさんとってしまうと言われる人もいますが私はできません。朝食後に紅茶や珈琲を飲む際に中さじ一杯ほどを入れて飲みますが、1日でとるハチミツの量はそれだけです。朝飲まない時は仕事中に高麗人蔘のハチミツ漬けや百年草のハチミツ漬けなどを1杯飲みますが1杯のみ。ナッツなどもせいぜい一度に食べる量は4〜5粒まで。食べたい気持ちを我慢しているのではなく、それ以上欲しくならないんですよね。

バランスの良い食事を心がけよう、と日頃から意識していると、なんとなくわかってきます。降ろす食材も足さなきゃなぁ、とか、平の食材は常にとらなきゃなぁ、などとなんとなく身体で理解していきます。

普段から健康を意識した生活をしているから、たまには羽目を外してもいいや、と思いがちですが良くないと思います。「たまにはいいや」ということが積み重なっていくからです。

固定概念を捨てること、が1番の近道だと思っています。白菜を生でピビンパに入れると「生で食べれるの?」という方がいます。カリフラワーなんかも生で食べていると友人に生で食べれるの?と聞かれた事があります。じゃぁ、なぜ生で食べられないの?と私は思うわけです。植物ってたいがい生で食べられると思っています。ナスビなんかも私は少しサラダに入れて食べたりします。生で絶対に食べないものはキノコ類くらいかな?あとは種子類はまぁ、固くて食べられませんので殻をむいて食べますが。固定概念ですよね。白菜を漬物で塩漬けするとき生で塩漬けしますからね。何故植物を食べるとき、火を通して食べるのか?と考えればわかりやすいですよね。何故ですか?消化です。1番は消化ですよね。生で食べるより火を通した方が消化に良いからですよね。あとは、、、昔は虫、害虫なんかも多かったからかなぁとも思います。お茶を作るときなどもそうです。何故その素材を煎るのか?何故乾燥させるのか?何故深く煎るのか。浅く煎るのか?蒸すのか?物事には理由があります。何故塩漬けにするのか?など色々とあります。胃弱の方なんかは火を通して食べたほうが胃には優しいのかなとは思いますが。まぁ人それぞれですね。物事に最低限度のルールはありますが固定概念はないですよね。

もともと韓方茶のお店をする気はありませんでした。でも人って不思議ですよね、韓方茶っていいなぁ、、、と思い家族に韓方茶のお店をしたいんだけど、と話をすると実はひいおじいちゃんが漢方医だったよ、と初めて聞きました。なんだかとても深い縁を感じて、周りには「カフェでしかも韓方茶メインでやっていける?普通に飲み屋とか焼き鳥とか焼肉の方がいいんじゃない?」と言われましたが無視して韓方茶にしました。まぁ、長く続けられる自信はあまりしませんが(笑)自分が納得できない事ができない性分ですからしょうがないですね。支柱推命の命式で言うと、私は比肩   建   木の大過  正官格  。支柱推命する方だとあぁ、と思われるでしょうね。しかも正財でコツコツ型です。先祖と深い縁がある命式なのでこの道に進んだと思います。ただ今は「漢方茶」という固定概念もなくなりました。「お茶」というくくり、わくの中に入れて考えるより、「食材」「食物」として考えるようになりました。植物、食物を煮出して飲む、スープのような感覚と言えばわかりやすいですかね?その植物そのものを全ていただく、という感じで飲んでいます。まぁこれからも飽きることなく続けていきたいと思います。