Placeholder image

昌朋カフェブログ

緑の植物

昌朋カフェ
Pocket

「身近な薬草辞典」より

ー緑の植物は健康の源ー                                                       私たちの健康の基は、自然の法則にかなった食生活にある。今の日本人の食生活は公害度と比例して高タンパク、高カロリーの肉食に傾き、血液中の酸度が増し、血管やその他の内臓器官に老化現象をおこし、現代病と言われる各種の難病、奇病を生み出している。                                                                               これを防ぐためには、日常の食事を過不足なくバランスよく摂る努力が必要になる。                                 従来は病気を治すため薬草を飲むという姿勢で、一般に啓蒙され利用されてきた。この背景には薬は神聖なものとして扱われ大切にされてきた。薬学者の中には、感謝の気持ちで飲まないと効かないという、精神主義的な面まで説く人がいて、漢方、民間療法の広がりにブレーキをかけてきた面もあったように思う。いびつになりかけた体質を少しずつ改善するためにも、副作用の恐れのない、または副作用の比較的少ない、緑の植物を積極的に取り入れ、楽しみながたら食べ、健康を維持していくということを知ってほしいものだ。                                                     緑の植物を食べるというこもは、本来の日本人の体質にあった伝統的な食生活を見直し、ゆがんだ食生活を正し、健康を進め病気を治すなどの優れた働きがある。                                                                               緑の植物は精神的な健康も高め、肉体的な健康を保つうえでも大変重要なものという立場から、私はかねてから草食論を唱えてきた。                                     難しい薬学の理論はさておき、身近にある緑の植物を欠かさず食べることは、私たちの健康を守り、さらに向上させる上できわめて大切なことなのだ。      病気になって薬草の世話になるのではなく、病気を予防し健康を守るためにこそ利用すべきなのだ。     植物の優れた効用を理解し、日常の食生活の中で積極的に取り入れてほしいものだ。                                 大昔、医者も薬品もない時代、我々の祖先は病気に何と対応しただろうか。苦しみの中で、身近な植物を手当たり次第にあさり、その中で病気を治す働きのある薬草を発見していったものと推測される。    草が病気に効くとわかって広く人々の生活の中で試され、長い年月の間には、苦しい体験や悲しい犠牲を積み重ね、やっと今のような治療法が確立されたものと思う。振り返ってみれば、薬草の発見と治療法の確立は、尊い人体実験の結果なのである。           先人の勇気と努力に感謝しながら、自然の恵みの薬草を有効に活用していくことこそ、先人の努力に報いることではあるまいか。


6年。今の体質になるのに6年かかりました。始めは高麗人蔘から、様々な漢方茶を飲み、改めて日々の食を考え、夜に寝て朝に起きる普通の生活を心がけ、今に至ります。

「便秘に効くのない?」とか「風邪に効くのない?」「疲れてるんだけど」とか、漢方茶を1杯飲むだけで、2〜3ヶ月飲むだけですぐに全てが変わると思っている人がいるけれど、そんなにすぐに全てが変わるなら、世の中に病気は1つもない。

10年以上あった背中ニキビ。月経痛。頭痛。冷え。過労でのリンパの腫れ。胃腸炎。今はまったくありませんが、日々、今でもできる限りの養生をかかさないようにしています。

最近気づいたことは、身体の体温が上がった、と感じます。昔、母も足の冷えがひどくて靴下2枚と分厚いスリッパを履いていましたが、今は真冬でも家の中で裸足です。私も勤めていた時期は朝起きた瞬間から暖房をつけていましたが、今は真冬でもエアコンをつけません。リビングで電気ストーブ1台つけるだけです。気づいたらそういう生活を送っていました。

でもこれは体表面の温度ではなく「体内の温度」です。体温計で計る温度は今も昔も変わりません。「身体の中」の温度が確実に高くなっている、と感じます。

私程度の未病はまだ軽いほうですが、慢性的なものを治そうとするならかなりの養生を心がけ、コツコツ続けていかないと難しいだろう、と思います。     めげずに日々続けていきたいと思います。